最近、年配者からよく聞く話です。
病院にて。
「○○さん、あんまり数値が良くなってないですね」
「薬はちゃんと飲んでますよね?」
「△△があんまり効かないなら、今回からは□□に変えましょうね」
というお医者さんの話です。
何が言いたいかというと、この会話の間に一切患者さんの顔を見ない医師が多い。
会話中どころか、診察室に入ってから出るまで一切PC画面しか見てない医師も。
「薬はちゃんと飲んでますよね?」に「はい」と答える患者さん。
力なく「はい」と言いながら小首傾げてる。飲んでないんでしょう。
これコミ障じゃないですかね。高齢の患者さんもですが、医師もです。
某国立大学の近くのフリー雀荘を主戦場にしてたころがあります。
安レートにしてはレベルが高い店でした。医学部生(OB含む)が多かった。
さすが国立医学部、つまり地頭の良い理系です。麻雀も上手い。
確率論、期待値、牌効率、三流私大文系の私よりはるかに知識ある。
応用力もある。でも自分の手牌しか見てない。結果カモにしてました。
なかでも麻雀が上手くて強い学生さんがいました。仮にSさんと呼びます。
Sさんは場代以上にプラスにしてたでしょう。それくらいの実力です。
牌効率を極めると、確率(期待値)の低い手を打てなくなります。
つまり、Sさんの打ち方はセオリー通り定石踏襲で紛れがない。
打ちミスもほぼありません。牌効率的には完璧な打ち手です。
Sさんにはリャンメン面子捨てたけどミスしてカンチャン待ちになったがない。
だから安心してSさんのリーチには現物以外の牌を捨てることができました。
逆にSさんから見た私はどうだったのでしょう?
面前重視の腰の重い不合理な打牌するぶんぶん丸。
たとえば、私は安全牌もなるべく字牌以外で持つようにしてました。
安全牌という言い方が違いますかね。24の形のカンチャンを嫌います。
4を捨てて2が孤立牌で残ります。次巡に字牌持って来ても字牌捨てたり。
2が1番進行度の早そうな人に安全ならばですよ。
そして、私が先手取った時に2を切ってリーチします。
4を先切りして聴牌まで2を引っ張ってのリーチです。
Sさんのレベルだと2を残した理由をすごく考えるはずです。
その考えは、私の手牌の都合だけ。
で、和了や聴牌宣言で手を開けます。2は全くの孤立牌。
Sさんは「この馬鹿はどうして2を聴牌まで抱えてたの?」と思ったでしょう。
もし質問されてたら「Sさんの安全牌だから」と正直に答えたと思うけどなあ。
まあ、頭の良い人はなかなか馬鹿には質問しません。合理的返答が期待できないから。
あとは、223の形で牌を抱えてる時に不有効牌を持って来て2を捨てたりします。
4でタンピン、2でタンヤオ、1でピンフの確定聴牌のイーシャンテンでもです。
どうして2の受入れを拒否するのか。4が1枚捨てられたのが理由です。
この理由については
有料版『フリーで勝てる麻雀』でちゃんと書いてます。
知りたい人は買って下さいね。
Sさんが私に勝てなかった理由は頭が良すぎることです。
そして、牌効率を極めたことです。
自分は極めたけど、周りの馬鹿は全然だめだめに見えるのでしょう。
俺はリャンメン面子捨ててカンチャン待ちなんて恥ずかしいことにならない。
「でも、他家の3人は馬鹿だからやるかも」と考えちゃう。
そうなると、現物しか捨てられなくなりますよね。
聴牌まで意味もなく2を残す馬鹿でも牌効率を少しくらいは理解してるでしょ。
ならリャンメン面子捨ててるからスジ牌は通る確率が高いだろうな。
そう思ってくれてれば少しは違ったハズです。
だってカンチャン面子嫌ってもリャンメン面子より先に引く確率は1/3です。
スジで当たる確率は、それよりずっと低いでしょう。
それくらいのリスクは当然と自分の恐怖心を抑えるべきでしたね。